運営母体 NGO関連ニュースご寄付状況 | よくある質問お問合せサイトマップ感動秘話コーナー
 
 

5月27日午前5時45分(日本時間午前7時54分)にジャワ島南部ジョクジャカルタで発生した地震では、被害は死者5,736名、全壊・半壊家屋34万軒、家を失った人々は150万人に及びました。7月17日には5月の震源地より約400km南西部地点で地震が発生し、大津波が発生しています。5月に発生した地震の被害規模は、当初想定されたよりもはるかに大きく、家を失った人々は、2004年12月のスマトラ島沖地震の時の約3倍、150万人に及ぶとされています。

残念ながら今回、2004年に発生したスマトラ島沖地震の教訓により構築が開始された津波警戒システムが間に合いませんでした。
36基の地震計は設置されていましたが、すべてスマトラ島沖西岸に設置されており、ジャワ島南部・南西部地震には未整備でした。
しかしながら今回の災害により、インドネシアユドヨノ大統領は、1兆3千億ルピア(約165億円)を投じ、(日本、ドイツ、中国からの援助及び国家予算より拠出)2009年完成予定を1年早め2008年には全国に地震計120基、潮位計500基を設置する意向を明らかにしました。

NGOには大規模システムに投ずる巨額な資金はありません。皆様のご支援により可能となる緊急支援活動及び復興支援活動を、出来る限り
対応していきます。現地の人々のニーズに基づく細やかな支援活動及び支援の届きにくい地域にも手を伸ばすことの出来ることがNGOの強みであり特徴です。

   
(財)ジョイセフ(母と子の命を守る活動) 寄付受付終了
(特活)シャンティ国際ボランティア会(子ども支援) 寄付受付終了
(特活)AMDA(復興支援)  寄付受付終了
   
(特活)チャイルド・ファンド・ジャパン(子ども心のケア活動)寄付受付終了
(特活)地球の友と歩む会(緊急支援物資配布)寄付受付終了


 
 

ご寄付の受付を終了させていただくこととなりました。
皆様のご支援に、心より御礼申し上げます。(2008/10/2)


■各新聞にて、日本の皆さまからご支援いただいているインドネシアの母と子を救う活動が紹介されました。 
掲載記事を各新聞社の許可をいただいて、ジョイセフホームページにて公開しています。ぜひご覧ください。
http://www.joicfp.or.jp/jpn/kaigai_proj/indonesia4.shtml
 




地震で崩壊した道路沿いの家屋


地震で崩壊した家屋


地震の被災者に生活支援物資を手渡す



スクーターで生活支援物資を
村々の住民に届ける

■インドネシア・ジャワ島中部大地震救援活動中間報告
ジョイセフ・インドネシア家族計画協会(IPPA)共同救援活動の現場から


◆現地の状況
2006年5月27日(土)、インドネシアのジャワ島中部でマグニチュード6.3の大地震が発生し、ジョクジャカルタ特別州とセントラル・ジャカルタ州を中心に5000人以上の死者と1万人近い負傷者が発生、数千の家屋や建物が崩壊しました。

最も大きな被害を受けたセントラル・ジャワ州クランテン県の人口は129万2000人。クランテン県には26郡398村があります。2006年6月のクランテン県の調査によると、1045人が死亡、19,127人が負傷、29,988家屋が全壊、62,675家屋が倒壊、98,424家屋が部分的に壊れたと報告されました。

そして多くの被災者に救援活動を効率的に提供するために住民を一箇所に集めようとしましたが、倒壊した自宅に残っている家財が他人に盗まれるのを心配して、多くの住民は自宅から離れることを拒みました。一方、テントに収容された子どもや年寄りを含む多くの被災者が体調を崩して病気になりました。

このような事態に直面している避難した住民を見て、インドネシア家族計画協会(IPPA)では「ペルディ・セサマ(周りの人を思いやろう)」というスローガンを掲げ、救援活動に参加をするボランティアと協力をして活動を続けています。ジョイセフはスマトラ沖大地震・津波救援活動の経験と教訓から、緊急支援が最も届きにくい母と子の命と健康を守る観点で、支援者の募金を活用しています。

◆支援状況
地震発生の2日後の5月29日に、IPPA本部は被災地の状況把握と被災者の要望調査を行ないました。その結果、クラテン県トルクク郡とカリコテス郡が地理的に孤立しており、緊急支援物資と支援活動が住民に届いていないことが判明しました。そして、この二郡を優先して支援活動を行いました。

さらに女性や子どもに対する支援の必要性は高いですが、十分に届いていないことが判明したため6月3日、IPPAは最も甚大な被害を受けたカリコテス郡ジムブルング村から支援活動を始め、 バヤト県クラキタン村、ンゲランガン村、ケボン村にも支援地区を拡大しました。

セマラン大学心理学部とも協力をしてトラウマ(心理的外傷)を受けた子どもや母親に対する心理的サポートも行っています。IPPAはセントラル・ジャワから派遣された医者、看護師、物資配給担当、運転者の4名で構成されている緊急医療チームを編成し、必要な医薬品を購入して、モスクの一角にポスコと呼ばれる簡易医療サービスの拠点を作り約200人の住民を対象に活動を続けています。

ポスコは女性が安心して診察やカウンセリングが受けられ、プライバシーが守れるように布で周囲を仕切り配慮をしています。第1期の医療サービスはカリコテス郡ジムブルング村、クラデナン村、スンバー村、ケミリ村を定期的に巡回しました。第2期はバタ郡クラキタン村とンゲランガン村およびバヤ郡ソロレジョ村を対象としました。

<支援物資>
現地で購入して被災した人々に配った支援物資は、米1100キロ、マット80枚、テント115張り、タオル620枚、毛布55枚、サロング(お祈り用の布)350枚、ガウン330枚、Tシャツ180枚、乳児用ミルク15段ボール箱、ビスケット13箱、即席めん10段ボール箱、女性用生理ナプキン300個、石鹸600個、歯磨きチューブ600個、歯ブラシ600個などです。


今でも多くの被災した人々はキャンプ生活を余儀なくされています。
地震により家族、親戚、家屋、家財など多くのものを失った人々の心の傷は大きいです。

一方、これらの支援活動は短期間で打ち切られてしまう傾向があります。母親や乳幼児へのサポート、特に妊産婦へのケアは災害時であっても中断することはできません。この機会をお借りして、ジャワ島地震救援募金にご協力をしてくださった方々に心より感謝申し上げます。ジョイセフは今後も支援者の皆様方のご協力を得ながら、ジャワ島中部地震の被災者を支援いたします。

ジョイセフ情報はこちらへ→
   
ご寄付の受付を終了させていただきました。ご支援誠にありがとうございました。
皆様のご支援に心より御礼申し上げます。(2007/3/31)

■インドネシア・ジャワ島中部地震復興支援プロジェクト
〜北に噴煙、下に余震、南に雨雲〜 
(AMDA活動報告誌「AMDAジャーナル」2007年1月号 http://www.amda.or.jp/journal/journal.html より)

復興の槌音
破れかけた白いバナーに、復興支援の言葉と、団体や会社の色褪せたロゴが描かれている。ひび割れた診察室の壁、崩れたトイレ、壁が倒れたまま瓦礫の散乱する床。震災からすでに半年を経た今では、バナーは木の葉のように風に揺れている。

「屋内使用危険・要修復」との張り紙がされた診療施設と、その前に張られたテントで今も診療は続けられている。この診療所の職員の話では、「外来棟が全壊して、ひび割れたこの産科棟も危険なのは判っているけれど、ここで診察するしかないですよ。外来診察はあのテントです。あのバナー?5ヶ月前だったかに、5人くらいの人が来て『施設を再建してあげます』、と言って、バナーを張っていったけれど、それからは何も連絡してこないですね。」すでに期待していない、という表情であった。
安全な場所にいる人たちにとって災害は、これほど簡単に忘れられるものなのだろうか。


緊急救援

建物全景

建築作業員

建築状況


地域によって差はあるが、未だテントで暮らす人たちも散見される。崩れた家屋や門柱、路傍の瓦礫などに震災の爪あとが生々しい。一方、すぐ横では家屋再建の槌音が響く。アクセス困難な離島での災害や、広い範囲で地区ごと消滅するような津波災害に比べ、ジャワ中部地震では土地やインフラの損壊が比較的少なかったこと、地域の中核であるジョグジャカルタ市街の被災が大きくなかったことが、復興のテンポを速めている可能性もある。震源地バントゥールの市場にも活気が戻っていた。

AMDAが5月から6月にかけて緊急救援で巡回診療を実施した、プランバナン地区の保健センターでは、一部修復工事が始まっていた。村人の話では、スラバヤ市の篤志家からの寄付で修復が始まったという。実際、バントゥール県内のいくつかの復興計画をみると、国際団体やNGOに加えてインドネシアの有名企業も復興に名乗りをあげている。

◆復興に求められるもの

緊急救援時には、いち早く被災者に手を差し伸べるとともに、見つめるまなざしと勇気付けるメッセージが必要だろう。復興の時期になると、多様な活動が求められ、必要な取り組みは異なってくる。同じ復興事業でも、仮設による中間的な再建支援の場合は、再建の主体である住民の取り組みを支援することになるであろうし、時間もかかる。一方で公的医療機関への支援、特に復興建築への協力では改良モデルを提示し、災害対策を作りこむ(同じ災害で倒壊しない=減災)取り組みが求められる。

AMDAは社団法人日本医師会様のご協力を得、ジャワ島中部地震に対する復興事業をすすめている。この事業では、復興の改良モデルを提示し、再発防止を技術的に支援することを主眼に置いてバントゥール県バングンタパン地域第三保健センター(Banguntapan Puskesmas III)の建設を行っている。

◆地震に強い技術的な取り組み


9月まで随時、倒壊・半壊した建物を調査したところ、地域によって差異はあるものの、構造的に脆弱な建築物の損壊が目立った。それらに共通するのは、同じ建築素材を使用した場合でも、静荷重に対しては強度を有するものの、地震や衝突など揺動する加速度への対策では著しい差が見られたことである。

耐震強度は、(@構造的耐震設計)×(A材料とコスト)×(B手間と管理)で決まると考えられる。経済的に豊かではない社会では、構造的な耐震設計@を得る建築や、高い材料とコストAを使用するには限界があり、日本のような鉄筋コンクリート一体の耐震構造を持ち込んでも、地域の人たちには手が届かない。単体の復興事業としては成立するだろうが、モデルとして地域に紹介するには難がある。

ローカル・イニシアティブを掲げるAMDAとしては、損壊を免れた建築物や被災者の経験を参考にしつつ、材料コストに大きな差をつけず、同じレベルの素材を使用しながらも、より強度を引き出すようにしていくことを追求していくことを目指している。現地により通じたAMDAインドネシア支部・AMSAインドネシア(マカッサル)などの協力を活かし、地域住民・建築業者などとの協議において、AMDAは免震対策としてAだけでなく、より手間Bをかけるよう、常に取り組んでいる。

このため、11月に開いた住民集会での紹介や地元の建築業者との協議では、常に細部への配慮と計量が話題となる。実際に倒壊家屋で散見されたいくつもの脆弱な事例を紹介し、配筋が1cm違うだけで強度が大きく変わることを図に描いて説明した。

(中略)

建築現場では建築労働者から技術者、さらに地域の住民から所轄官庁まで、綿密な打ち合わせと信頼関係の維持が必要であるが、そこで要となっているのは、救援時にも活躍したAMSAインドネシアから参加している医学生メンバーである。今回は2名が参加してくれているが、その1人、エルリド・サンペパジュン氏は「建築は初めてで、勉強しながらの毎日です。でも、保健センターをつくる初めから関わることができて、とても興味深いです。」と、人の輪の中で毎日奔走している。

もっとも、そうした復興計画中の保健施設をたずねても、前述した所のように、必ずしも再建や修復が実施されているとは限らない。県保健局によると「口頭で約束」されたもののまだ実行されていないところもあるとのこと、計画はまだ半分も達成されていないようだった。

「バントゥール県全体で50箇所近い保健施設が被害をうけました。全壊は12箇所、8割程度の損壊で使用が危険と言われているのがまだ20個所以上ある。診療できなくなった地区の患者は診療を続けている他の地区の施設へ通っていて、復興を急ぎたいが、追いつかない。大学の専門家に全施設の調査をお願いし、使用危険な建物は修復するまで使用中止した方がいいのだけれど、当分は使いつづけるしかない。

未だテントでの外来診療も続けているが、雨季に入り、難しい」県保健局広報・復興計画担当アグス氏は顔を曇らせる。保健局の建物も一部損壊したまま、現在も作業の一部はテントでされている。復興の青写真は掲げられているが、政府による再建の時期については、ため息混じりになる。9月からようやく、使用不能な保健施設建物の解体作業が本格化したという。

   

◆住民集会で−

11月4日にバングンタパン地区役所の公民館で開催された住民集会で、事業計画の説明書を配布しAMDAの建設計画を説明した。参加した住民からは「ARIGATO」と何度も握手を求められ、たいへんな歓迎と期待を受け、現在も建築は進んでいます。

AMDA情報はこちらへ→
  ご寄付の受付を終了させていただくこととなりました。ご支援誠にありがとうございました。皆様のご支援に心より御礼申し上げます。(2007/1/20)
 


SVAは、5月27日に発生したジャワ島中部地震に対して、被災した子どもたちへの教育支援活動を中心に行うと共に、地域住民への仮設住宅支援、医療サービス支援活動を行っています。

■「子どもフェスティバル〜すべては共生のために〜」を開催しました!(2007/1/20up)

「あれ、何?」「あれはね、山だよ。ムラピ山だよ。」
「へーあれが山なんだ!大きいね」

こんな会話から始まった子どもフェスティバル。

5月に発生した地震以降、長期間に渡る被災生活から離れ子どもたちが心から楽しめる時間を過ごしてほしいという気持ちから、12月22日-24日の3日間SVAと現地NGOが協働して「子どもフェスティバル」を開催しました。このフェスティバルには5地域の子ども150名と地域の青年30名が参加しました。

フェスティバル期間中は、地域混合チーム対抗のゲーム、竹を使用しての楽器作り、これまでの活動を記録した映画上映、子どもたち自身が選んだ記録写真や活動を通して生まれた作品の展示、そして最終日にはこれまで練習してきた芸能の発表会を行いました。

参加した子どもの大半が自分の集落から出たことがなく、最初は緊張した面持ちでしたが、時間が経つに連れて他地域の子どもたちとも打ち解け、笑顔の絶えない時間を過ごしました。最終日の発表会には両親や各集落長も駆けつけ、目を細めながらこれまでの作品や楽しそうに笑い、堂々と発表する子どもたちを眺めていました。

心安らぐ住まい。温かい家族。大切な友達。そして何よりも、安心して過ごせる場所だった学び舎。

地震は一瞬にして子どもたちから多くのものを奪いました。小さな彼らの心から、大きな地震の恐怖が消え去るまでにはまだ長い年月が必要となるでしょう。

しかし、困難に直面した時にこのフェスティバルの思い出が彼らの心に元気を与え、そしてあの日のように笑い声が青空にこだますることを願っています。


子ども達によるジャティラン

女性役の女の子

■伝統芸能のチカラ(2006/12/16)

SVAが現地カウンターパートのNGOと活動を行っている地区の一つにクタンギ地区があります。
クタンギ地区はジョクジャカルタ市内からデコボコ道を車で3時間ほど走った山の中にあり、担当のフェンブリスタッフは地震発生直後から泊り込んでの支援活動を行ってきました。この地区では地震により水溜タンクが被害を受け、雨季が始まる10月まで深刻な水不足に悩まされていました。

しかし、このクタンギ地区では“ジャティラン(Jathilan)”という伝統舞踊が震災発生の2ヶ月後から再開されました。ジャティランとは、バティック(ろうけつ染め)の衣装に身を包んだ踊り手の男性が竹製の馬(昔は本物の馬だったそうですが)に乗りながら悪魔に戦いを挑み、女性が幸福を表現しながら音楽と歌に合わせて踊ります。代々クタンギの人々に伝わるジャティランは、村祭りや独立記念日、結婚式など様々な祝いの席で踊られている大切な踊りです。

親から子へ。そして、子から孫へと受け継がれるこのジャティランは、クタンギ地区の人々の心のより所となっています。ですから、震災後の厳しい状況下でも彼らは踊り続けているのでしょう。

震災後の生活再建・復興のためには食糧や住宅などの物資も必要ですが、長期的な復興を余儀なくされる被災地では、文化が人々の精神的な支えの一つになっているのだと感じます。

SVAはこのような視点を大切にしながら引き続き、子どもたちへの教育支援と共に、文化支援も継続して参りたいと思います。


 


お絵かき

青年へのワークショップ


保健・医療サービス支援

■子どもたちへの教育支援活動 (2006/10/30)

(1)子どもの遊び場支援

支援の手が届きにくい5つの地域に子どもたちが安心して過ごせる場所を村人と共に設置しました。
子どもの遊び場では絵本の読み聞かせ、お絵かき、伝統文化活動などを行っており、子どもたちや村の住民が自由に時間を過ごしています。
また、活動地域の住民や子どもたちが書いた記事を載せたコミュニティ新聞を2週間に1回発行しています。この活動を通して、感情や出来事を文字で表現する意義を子どもたちに伝えています。


(2)ローカルコーディネーター研修

持続可能な活動を行うために村の若者への研修を行い、活動の目的や方法を伝えています。研修受講後に若者たちは積極的に活動に参加するようになりました。

(3)学用品支援

文具セット(通学カバン、折りたたみ机、制服教員用の文具等)幼稚園児:計15アイテム、小学生:計11アイテム
対象校:幼稚園8校(218名)、小学校11校(1,500名)

(4)給食支援

5歳以下の乳幼児、幼稚園児、小学生約1,000名へ給食の提供。
給食は栄養バランスを考え、村の女性たちが愛情を込めて作っています。

■被災住民への支援

(1)住民参加型の仮設住宅支援

7地域にて120戸設置(現在の戸数)。
被災住民のオーナーシップを高めるために、住民集会を開き住民自身が主体的に設置に参加してもらっています。設置に当たっては建築専門チームがサポートをし、より強度の高い仮設住宅を設置しています。

(2)保健・医療サービス支援

7地域にて訪問看護・定期健診を行っています。
地震発生以降、公共の保健センターが再開していないため、高齢者および5歳以下の乳幼児と妊婦を対象に、月に1回定期健診を行っています。また、経済的理由から病院に行く事ができない患者に対しては医師と看護婦が自宅を訪問し、診察を行っています。

引き続き皆様からのあたたかいご支援をお願い致します。

シャンティ国際ボランティア会情報はこちらへ→

   
 
ご寄付の受付を終了させていただきました。ご支援誠にありがとうございました。

■インドネシアジャワ島中部地震支援報告

インドネシア・ジャワ島中部地震被災者緊急支援にご支援いただいた皆さま

この度は、緊急支援へご協力を賜り、誠にありがとうございました。皆さまの温かいお気持ちに、心より御礼申しあげます。
子どもたちは支援活動の一環であるチャイルド・センタード・スペースに通い、地震による精神的なダメージを、少しずつ癒すことができました。9月にチャイルド・ファンド職員の松浦宏二が現地を訪問し、活動のモニターを致しましたので、皆さまに感謝を込めて最終報告をお届けします。    
・事業実施地域 :
・受益者数    :
・事業実施期間 :
・パートナー団体 :
・事業経費    :
・事業概要    :
インドネシア共和国 ジャワ島 スコハルジョ県・クラテン県・バントゥル県・マゲラン県
3,793名の子どもと、3,741家族
2006年6月1日〜8月31日
クリスチャン・チルドレンズ・ファンド(CCF) インドネシア事務所
約1,850万円 (チャイルド・ファンド・ジャパンからの支援額 750万円)
チャイルド・センタード・スペース設置 
40のスペースを設置し、3,793名の子どもたちが利用しました。
スペースで利用する教育用おもちゃ・本&絵本・スポーツ用品等を用意し心理的ケアを行うボランティアを配置しました。
支援終了後も、ボランティア、地域のリーダーや若者が中心となり、これらのスペースでの活動は継続されます。
○建物修理に必要な物資供給
建物修復用に、セメントを合計7,200袋配布しました。配布先は、3,741の家族と、幼稚園、小学校やモスクなどです。
〈地震の被害とチャイルド・ファンドの活動〉

2006年5月27日早朝、大地震がジャワ島中部を襲いました。
インドネシア政府の発表によると、この地震による死者は5,700名以上、負傷者は38,000名以上に上っています。
チャイルド・ファンド・ジャパンは、地震発生後、直ちにパートナー団体であるCCFインドネシア事務所と協力し、支援活動を始めました。
また、チャイルド・ファンド・ジャパンが2005年に加盟したチャイルド・ファンド・インターナショナルの他の加盟団体とも協力して、迅速な支援活動を行うことができました。
加盟団体からも支援金が集まったため、皆さまからご寄付いただいた支援金の一部は、CCFインドネシアが継続して実施を予定している、子どもたちに向けたユニセフとの共同事業で用いさせていただきます。

〈地震発生直後6月2日の様子・・・クラテン町ウンディさん〉

地震発生から7日後に、ジョグジャカルタから約25キロのクラテンを職員の松浦が(写真左)訪問。家が倒壊してしまい住めなくなった上に、務めていた学校が崩れてしまったウンディさんにインタビューをしました。彼女は地震にあった時の事を、「突然の揺れと恐ろしさに、この世も終わってしまうと思いました。茫然自失の日々で、この先どうしていいのか分かりません。」と話していました。

9月の訪問では、学校が少しずつ再建され、もうすぐ授業を始められることができると喜んでいました。また、倒壊した家の半分はチャイルド・センタード・スペースとして利用し、多くの子どもたちが笑顔を取り戻しました。

〈支援活動後9月21日の様子・・・クラテン町ウンディさん〉

再建が進む小学校の前に立つウンディさんと松浦
(上の6月2日の写真とほぼ同じ場所で撮影) 


まだ修復できていないウンディさんの家を使った
チャイルド・センタード・スペース

〈支援活動の実施〉

チャイルド・ファンド・ジャパンでは、緊急に必要な物資を供給することはもちろんですが、特に子どもたちの心理的なケアを目的とした「チャイルド・センタード・スペース」の設置に力を入れました。このスペースは、子どもたちがカウンセリング、グループ活動や遊びを通して、地震によって受けた心の傷を癒す場所です。支援地域に40のスペースを設置し、約3,800名の子どもたちがやって来ました。

 

〈チャイルド・センタード・スペースで子どもたちが地震パンフレットを作成しました〉

地震で家を失った子どもや、家族や大切な人を失った子どもたちが、地震で経験したことを話し合いました。何人かは言葉で表現できない気持ちを絵で表現しました。そして彼らは、この地震から何を学ぶべきか考え、協力して、地震のパンフレットを作成しました。

地震は何故起きるのか、地震が起きた時にどうやって自分たちを守る事ができるのか等について書かれています。彼らはこのパンフレットを読んだ人びとが、次に地震が起きた時に、冷静に判断して安全を確保し、家族が平和に暮らせる事を心から望んでいます。

チャイルド・ファンド・ジャパン情報はこちらへ→
 

全壊した家屋(クラテン県)

配布した米

インターンの黒岩も現地に入り、
学用品の配布を手伝いました

現地調査・会議を行うLIFEインドネシア
事務所スタッフのマルディア

ご寄付の受付を終了させていただきました。ご支援誠にありがとうございました。
目標額に達しましたため、ご寄付の受付を終了させていただくこととなりました。皆さまからのご支援に心より御礼申し上げます。
おかげさまで、多くの被災者の方々へ緊急救援物資を届けることができました。(2006/08/04)

■緊急支援物資を配布

LIFEでは、5月27日(土)に発生したインドネシア・ジャワ島中部地震の被災者への支援を実施いたします。
LIFEが事務所を置き、活動を共にしてきた現地NGOビナデサ(Sekretariat Bina Desa)を通じて、支援の届きにくいクラテン県への被災者へ支援物資を届けます。また6月4日から、LIFEインドネシア事務所スタッフのマルディア・バニスを現地に派遣し、ビナデサと共に支援活動を行っています。また、6月7日からは、インドネシア事務所駐在員の打田喜作を現地に派遣予定です。

インドネシアの「友」たちへの支援に、ぜひ、ご協力ください。

◆支援の概要

・支援地域: クラテン県カンティワルノ郡・ウーディ郡(支援がバントゥル県に集中しているため北部を支援します)
・支援内容: 緊急支援物資の配布 (食糧・医薬品・衣類・下着・せっけん・テント・ランプ等の生活用品)
・現地協力団体: ビナデサ(Sekretariat Bina Desa / ウェブサイト)
・支援期間: 約14日間を予定しています。


◆現地レポート 6月2日到着分 ※6月9日到着分の写真はこちら

2006年5月27日にインドネシア中部ジョグジャカルタ近郊で発生した地震は、ジョグジャカルタ特別州と中央ジャワ州の町村のほとんどを破壊しました。これらの地震は17,817軒以上の住居になんらかの損害をあたえ、そのうち11,684件以上の住居は深刻な被害を受けています。また、学校、モスク、教会、政府機関、警察署、市各所などの多くの公共施設も崩壊しました。しかしながら、ジョグジャカルタ特別州の被害者は援助を受けているのにも関わらず、クラテン県や中央ジャワの被害者は十分な援助をうけられていません。

これらの地震は人びとの住居を崩壊しただけでなく、土地をも崩壊し、また多くの死傷者を出しました。ほとんどの地区で死者が出ましたが、特にガンティワルノ地区では被害が一番多く273人以上、ウェーディ地区では188人以上、プランバナン地区では162人以上、カワス地区では24人以上、トゥルチャック地区では20人以上、ヨゴナラン地区では19人以上が、亡くなっています。

また、地震が再発する恐れがあることから、生存者は損害を受けた家で生活することはできません。そのため、1万人もの人が近隣の人びとと緊急用簡易テントやバラックでの生活を強いられています。

例えば.ガンティワルノ地区やウェーディ地区では、人びとは10家族で1つのバラックに生活しており、ヨゴナラン地区では、子どもや老人を含む5人から10人の家族で、路上に小さなバラックを連ね生活しています。寝床や椅子にはマットが使用され、また電力は現在に至るまで回復せず、人びとは暗い町村で生活しています。

被害地の大部分では、多くの被害者の援助や資源配分の問題が未解決のまま残っており、多くの人びとが苦しんでいます。これらの状況は、相次ぐ豪雨により更に深刻化し、特に毛布を持たない人々は雨と寒さに苦辛しています。食糧もまた限られており、特に子どもたちは食糧がなくお腹をすかせています。さらには、薬や診療所などの施設も不足しています。多くの難民は治療を受けることができないまま傷害や病を抱え続ける事態に陥っています。また、電力停滞による暗い町村は、多くの盗難の被害も招いています。これらの状況が一刻も早く改善されないのであれば、被害者の人々、特に成長期の子ども達、の心身に及ぶ健康被害を招く恐れがあります。

皆様のご支援を心よりお願い申し上げます。
・ご寄付は支援物資の購入費のほか、現地での交通費・倉庫管理費・運営管理費等に充てさせていただきます。

地球の友と歩む会情報はこちらへ→