| |
|
|||
| ※国際協力NGOについては原則として1団体につき主な2つの事業のご紹介をしています。 当サイトでご紹介する事業以外にも、様々な国で様々な事業を行っております。詳しくは各団体のHPをご覧ください。 |
|||||
![]() |
緑のサヘル |
||
|
|
|||||||||
【主な事業T】 現在とこれからの生活のために |
| 現在の活動(ブルキナファソ) |
![]() 氾濫した湖 |
ブルキナファソ中央北部州バム県に属するコングシ地域にはバム湖があり、その周辺地では農業や畜産が行なわれ、地域の住民にとって貴重な水源となっています。また同時に、「ブルキナファソにおける砂漠化の防波堤」とされています。 しかし、1970年代の干ばつ以降、森林が減少し、周辺の土地からの土砂流入により、年々水深が浅くなっています。今では、雨季になると周辺の村々の奥深くまで浸水させるほど、氾濫するようになりました。 |
![]() 土壌流亡した栽培地 |
森林の減少は土地の裸地化を招きました。このため、湖周辺の耕作地では降雨による浸食が始まり、年を追うごとに深く広くなっていきました。 浸食による土砂の流亡は、湖底への堆積による湖の浅化を促進するだけではなく、土地から肥沃な表土を押し流してしまうため、地力の低下をもたらします。このため、収穫量が激減し、栽培をあきらめなければならない土地が広がってきました。 |
![]() 設置された石堤 |
耕作地の中に、「ディゲット」と呼ばれる石を利用した堤を設置することは、降雨による表土の流亡を防止し、雨の地中への浸透を促します。2008年には、2村において5mから175mまでの長さのディゲットを52本、住民と共に設置しました。
地域の住民はディゲット設置の効果を良く知っているのですが、材料である石を近くの岩場から大量に運ばなければならないため、大型トラックなどの運搬手段を持たない住民には実現が困難だったのです。 |
![]() 湖岸への植林 |
また、バム湖の氾濫を抑えるため、自然堤防にすることを目的とした植林も行ないました。2村で実施し、1村では100mにわたって2樹種710本、もう1村では120mにわたって2樹種1,930本が植えられました。
|
| 緑のサヘル 活動概要 |
「緑のサヘル」は1991年3月、アフリカ・サヘル地域において進みつつある砂漠化を食い止め、危機的状況にある地域住民の生活を回復することを目的に設立、2001年にはサヘル地域における長年の活動が評価され、外務大臣表彰を受けました。現在はサヘル地域外にも活動を広げ、チャド、ブルキナファソ、タンザニアの3か国でプロジェクトを展開しています。 |
| これまでの活動内容 |
![]() |
◆1994年:飢饉を回避するための活動 1994年、チャド全土を飢饉が襲いました。中でも「緑のサヘル」の活動拠点であったバイリ村とその周辺地域は、最も大きな被害をこうむり、懸命な救援活動にもかかわらず100名を越す餓死者が出てしまいました。飢饉が去った後、「緑のサヘル」は地域の人々と共に、飢饉の発生を抑え、万一飢饉になっても被害を最小限にとどめるには、何をしなければならないのかを懸命に話し合い、様々な取り組みを行いました。 穀物・作物種子の貸出しや共同農場への支援等で地域の食糧を増やし、飢饉の可能性を下げるだけでなく、米・野菜・大豆などの栽培普及、淡水魚の養殖などで食糧の種類を増やし、飢饉の危険分散も図りました。食糧の確保を難しくしている原因は、生産量の不足だけではありません。現金収入を得るために、やむなく収穫した穀物を地域外へ売却してしまうことも大きな問題でした。「緑のサヘル」は果樹栽培の普及によって、この地域を産地化し、現金収入の向上に努めました。また、収穫した穀物や作物を保存する備蓄倉庫の建設を進め、住民と共に不測の事態に備えました。 <写真> |
|
◆2001年:飢饉における活動 2001年、再び飢饉が発生しました。バイリ地域でも前年の不作によって食糧が不足し、6月以降は本格的な飢饉の様相を呈してきました。 7月中旬には、ついに木の根を食べ始める住民が出るほど差し迫った状況になりました。食べるものが充分にいきわたらない子どもたちの目は輝きを失い、遊びまわる体力さえありません。 飢饉になって最初に犠牲になるのはこうした子供たちですし、次が体力の衰えたお年寄りです。 「緑のサヘル」は、おかゆの炊き出しを始めることにしました。炊き出しは約2ヶ月半に及び、この間に約19万食のおかゆを子供たちやお年寄りに提供できました。結局、バイリ地域は当初心配されていた犠牲者を一人も出すことなく、この飢饉を乗り切ることができました。 しかし、これは炊き出しの効果のみによるものではなく、前回の飢饉時と比べて食糧の枯渇期間が短かったこと、住民の基礎体力が向上していたことが、大きな要因となりました。前回の飢饉以降、地域住民と「緑のサヘル」が共に考え、行動してきた成果と言えます。 <写真> 食べるものが充分になく、がりがりに痩せてお腹が出た子どもたち。この炊き出しによって救われる子どもも多い。 |
|
◆現在の活動:改良カマドの導入 現地では、煮炊きに薪を使っています。調理には、石を3つ置いただけの簡単なカマドを使います。このカマドは、調理だけではなく、照明や暖房の役割も果たす多機能です。 しかし、隙間が多く熱効率が悪いため、大量の薪を必要とします。 薪集めは女性の仕事とされ、毎日のように出かけています。地域植生の衰退により探すための場所や距離が遠くなり、40度を越える炎天下、何時間もかかる薪集め作業は重労働となっています。 熱効率の良い改良カマド(粘土製、金属製)の導入は、調理に使う薪の消費量を少なくするけではなく、女性の薪集めに要する労力軽減の効果もあります。 <写真> 粘土製改良カマドの作製デモンストレーションの様子。使用する鍋の大きさに合わせて、作製するカマドの大きさを決めます。 |
![]() |
◆現在の活動:井戸の建設 現地では生活用水の確保が困難です。手掘りの井戸の深さは10メートル未満なため水脈まで到達しておらず、安定的な水源にはなっていないためです。 このため、水位の最も低下する乾季には、濁っていたり黒い色をしていたりする水しか汲めないことがあります。このような水を使用すると、下痢や寄生虫に罹患するなど健康上の被害を受けます。 また、素掘り井戸の水位が低下したり、涸れたりすると、頭に壷を載せて歩いたり、ロバに乗ったりして隣村まで数キロ以上も移動し、もらい水に行かなければなりません。 地下深くにある水脈まで達する井戸を建設することは、水不足の解消だけではなく、病気やもらい水に要する労力を軽減することになります。 |
| <写真> 近隣にある10村を対象に建設したコンクリート製井戸。 深さは22メートルあり、水脈に達している。一年を通じて、安定的に衛生的な水を使うことが出来ます。 |
【主な事業U】 1校1林!次世代へつなぐ環境 |
| 現在のブルキナファソでの活動 |
![]() 植栽前の小学校 |
現地では、だだっ広い空間にぽつんと建つ小学校の姿をよく見かけます。日本のように2階や3階建てではありませんが、セメントを使った立派な建物です。 しかし、地方では電気が届いていないので、教室には扇風機や冷房はもちろん、電灯さえありません。また、教室数が少ないので、複数の学年が同じ教室で同時に学習しています。1教室あたりの生徒数はかなりの人数となり、窮屈そうにしながら書き取りや練習問題に取り組んでいます。 |
|
![]() 校舎の影にいる生徒たち |
校庭には木が生えていないため、乾季なると熱風が吹き渡ります。埃や砂塵を避けるため、教室の窓はいつも、よろい戸が半分下ろされています。時には、薄暗く、暑い教室を出て、校舎の影に集まって青空教室が開かれることもあります。
校庭に木があれば、木陰も出来、熱風を和らげてくれます。学校で過ごす時間の多い子供たちにとっては、学校環境の改善は生活環境の改善と同じ意味を持ちます。 |
|
![]() 親子で植栽 |
植栽は、雨季を待って行なわれました。学校によっては、親子の協力によって、苗木が植えられました。 雨季は、現地では穀物栽培が行われる農繁期にあたります。忙しい合間をぬって協力してくれる姿には、子供たちの学習環境を心配している親心と、地域環境の改善に対する熱意が反映されています。 |
|
![]() 植栽後の小学校 |
植えられた苗木は、きちんと囲わなければなりません。現地の学校は、建物はレンガで造られた立派なものであっても、敷地全体が塀で囲われていることは稀です。このため、牛や羊などの家畜の群れが、一年を通して校庭を横切っています。
苗木を家畜の食害から守る防護柵の設置は、水やりと同じくらいに大切な管理作業です。 |
|
![]() 成長した苗木 |
生徒達の世話がとてもきちんと行なわれたので、苗木は無事に乾季を越すことができました。植えるだけならとても簡単なのですが、1本の苗木を、立派な木にすることは、手間と時間がかかる大変な作業なのです。
これまで15校に対して支援を行ないました。しかし、事業対象地域には42の小学校があります。意欲のある学校を対象に、これからも支援を続けていくつもりです。 |
|
|
|
||
![]() |