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※国際協力NGOについては原則として1団体につき主な2つの事業のご紹介をしています。
  当サイトでご紹介する事業以外にも、様々な国で様々な事業を行っております。詳しくは各団体のHPをご覧ください。
 

緑のサヘル
Action for Greening Sahel
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緑のサヘル とは…

アフリカ・サハラ砂漠の南縁に「サヘル(アラビア語で岸辺・境界)」と呼ばれる地域があります。かつてこの地域には豊かな緑があり、サハラをはるばる渡って来た旅人にとっては、まさしく緑の岸辺となっていました。しかし今、この地域では砂漠化が進んでおり、緑が急速に失われつつあります。


緑を失った大地には直射日光が照りつけ、水分を奪ってしまいます。叩きつける風雨は土の栄養分を剥ぎ取り、流し去ってしまいます。土地は荒廃し、緑の生育も難しくなってしまいます。現在、サヘル地域は農業生産力が著しく低下し、飢饉が頻発することから「飢餓ベルト」とも呼ばれています。また、井戸や池が涸れ、汚水を使わざるを得ないために疫病が蔓延している村も少なくありません。薪を採取するのに、50℃を越える炎天下を何時間も歩き続けなければならない村もあります。強烈な日差しや熱風、砂塵にさらされ、飢饉や疫病に怯える毎日−地域住民の生活は危機的な状況にあります。

「緑のサヘル」という団体名には、「サヘル地域に緑を蘇らせ、人々の生活を豊かにしたい」という願いが込められています。その実現には現地の人々が、日々の生活の中で常に環境を守ろうとする意識や積極的に行動する意欲を持ち続けなければなりません。また、最終的に成果を上げ得るだけの知識や技術も持たなければなりません。そのためにはまず、命を支える食糧や水を確保し、生活を安定させることが必要です。「緑のサヘル」は、「木を植える」ことよりも「木を植えることができる生活作り」が、そして「何本の木を植えたか」よりも「何人の人間が育ったか」が重要だと考えています。

これまでに「緑のサヘル」が行ってきた活動は、穀物種子の貸出し、野菜・大豆・米の栽培指導、備蓄倉庫の建設、井戸の掘削、改良カマドの普及等々、多岐にわたっています。その結果、チャド、ブルキナファソの両国で植えた苗木は計50万本を越えました。そしてその半数以上が、村々の人たちが飢饉の年にさえ休むことなく、自ら苗を育て植え続けたものです。

「緑のサヘル」は、現地の人々の生活を考慮し、これからもそこに住み続けることが出来るような環境を、人々と共に整えることを目指して、活動に取り組んでいます。 
 

【主な事業T】

現在とこれからの生活のために

シセ氏

1970年代の干ばつにより、衰退してしまった地域環境。それは結果として穀物生産性の低下を招いています。
それでも住民は、このような土地で生活を営み、これからも続けていこうとしています。

地域環境の回復と保全は、自分達の生活を回復し、保全することだと強く意識している住民達への支援を始めています。


【活動国】    ブルキナファソ
【支援対象者】 農民
【支援分野】  環境保全・土壌保全

【主な事業U】

1校1林!次世代へつなぐ環境

乾季になると吹き渡る熱風、舞い上がる砂埃。それでも子供たちは、日々の勉強に熱心に取り組んでいます。

自分たちの学校に木を植えることは、子供たちにとって、学習環境を整えるだけではなく、自分たちの未来を守ることでもあります。その未来を引き寄せるため、先生や両親と共に学校緑化の取り組みが始められています。

【活動国】    ブルキナファソ
【支援対象者】 子ども・父兄
【支援分野】  環境保全・生活改善

   

【主な事業T】
現在とこれからの生活のために
  現在の活動(ブルキナファソ)

氾濫した湖

ブルキナファソ中央北部州バム県に属するコングシ地域にはバム湖があり、その周辺地では農業や畜産が行なわれ、地域の住民にとって貴重な水源となっています。また同時に、「ブルキナファソにおける砂漠化の防波堤」とされています。

しかし、1970年代の干ばつ以降、森林が減少し、周辺の土地からの土砂流入により、年々水深が浅くなっています。今では、雨季になると周辺の村々の奥深くまで浸水させるほど、氾濫するようになりました。


土壌流亡した栽培地

森林の減少は土地の裸地化を招きました。このため、湖周辺の耕作地では降雨による浸食が始まり、年を追うごとに深く広くなっていきました。

浸食による土砂の流亡は、湖底への堆積による湖の浅化を促進するだけではなく、土地から肥沃な表土を押し流してしまうため、地力の低下をもたらします。このため、収穫量が激減し、栽培をあきらめなければならない土地が広がってきました。


設置された石堤
耕作地の中に、「ディゲット」と呼ばれる石を利用した堤を設置することは、降雨による表土の流亡を防止し、雨の地中への浸透を促します。2008年には、2村において5mから175mまでの長さのディゲットを52本、住民と共に設置しました。

地域の住民はディゲット設置の効果を良く知っているのですが、材料である石を近くの岩場から大量に運ばなければならないため、大型トラックなどの運搬手段を持たない住民には実現が困難だったのです。


湖岸への植林

また、バム湖の氾濫を抑えるため、自然堤防にすることを目的とした植林も行ないました。2村で実施し、1村では100mにわたって2樹種710本、もう1村では120mにわたって2樹種1,930本が植えられました。

この堤防林は、将来的には薪の調達源としても利用できるようになることを見込んでいます。

   
  緑のサヘル 活動概要

「緑のサヘル」は1991年3月、アフリカ・サヘル地域において進みつつある砂漠化を食い止め、危機的状況にある地域住民の生活を回復することを目的に設立、2001年にはサヘル地域における長年の活動が評価され、外務大臣表彰を受けました。現在はサヘル地域外にも活動を広げ、チャド、ブルキナファソ、タンザニアの3か国でプロジェクトを展開しています。

チャド共和国では1992年2月、中部のバイリ地域において林業・農業・適正技術等、多分野にわたるプロジェクトをスタート、93年5月には北部のトゥルバ地域にも活動を広げ、2004年11月には現地スタッフを中心とした「緑のサヘル・チャド」を立ち上げ、団体の現地化を図りました。また、2004年から2006年には、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)との提携も経験しました。

現在は現地の住民グループや組合、NGO等の支援に力を入れています。
しかし、チャド国内では内戦状態が続いており、治安が不安定なため渡航が難しく、現在は携帯電話やインターネットで現地とつながっている状態です。

ブルキナファソでは1996年10月より、北部のタカバングゥ地域において土壌保全と食糧増産を目指して活動を開始、2004年4月からは環境省が行う砂漠化防止技術移転プロジェクトに現地協力団体として参加し、07年4月には中部のコングシ地域において小学校植林をはじめとした新たな活動を始めています。タンザニア連合共和国では2006年4月より、西部のキボンド地域で林野庁が実施する植林プロジェクトに協力しています。

 
  これまでの活動内容
◆1994年:飢饉を回避するための活動

1994年、チャド全土を飢饉が襲いました。中でも「緑のサヘル」の活動拠点であったバイリ村とその周辺地域は、最も大きな被害をこうむり、懸命な救援活動にもかかわらず100名を越す餓死者が出てしまいました。飢饉が去った後、「緑のサヘル」は地域の人々と共に、飢饉の発生を抑え、万一飢饉になっても被害を最小限にとどめるには、何をしなければならないのかを懸命に話し合い、様々な取り組みを行いました。


穀物・作物種子の貸出しや共同農場への支援等で地域の食糧を増やし、飢饉の可能性を下げるだけでなく、米・野菜・大豆などの栽培普及、淡水魚の養殖などで食糧の種類を増やし、飢饉の危険分散も図りました。食糧の確保を難しくしている原因は、生産量の不足だけではありません。現金収入を得るために、やむなく収穫した穀物を地域外へ売却してしまうことも大きな問題でした。「緑のサヘル」は果樹栽培の普及によって、この地域を産地化し、現金収入の向上に努めました。また、収穫した穀物や作物を保存する備蓄倉庫の建設を進め、住民と共に不測の事態に備えました。

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深刻な食糧不足や飢饉が発生すると、来期栽培用の種子(種籾)すら食べつくしてしまうため、翌年の穀物栽培が困難になってします。現在、住民組合によって備蓄されている穀物は、食糧不足の時の備えであると同時に、種まき用の種子でもあります。

   
◆2001年:飢饉における活動

2001年、再び飢饉が発生しました。バイリ地域でも前年の不作によって食糧が不足し、6月以降は本格的な飢饉の様相を呈してきました。

7月中旬には、ついに木の根を食べ始める住民が出るほど差し迫った状況になりました。食べるものが充分にいきわたらない子どもたちの目は輝きを失い、遊びまわる体力さえありません。 飢饉になって最初に犠牲になるのはこうした子供たちですし、次が体力の衰えたお年寄りです。

「緑のサヘル」は、おかゆの炊き出しを始めることにしました。炊き出しは約2ヶ月半に及び、この間に約19万食のおかゆを子供たちやお年寄りに提供できました。結局、バイリ地域は当初心配されていた犠牲者を一人も出すことなく、この飢饉を乗り切ることができました。

しかし、これは炊き出しの効果のみによるものではなく、前回の飢饉時と比べて食糧の枯渇期間が短かったこと、住民の基礎体力が向上していたことが、大きな要因となりました。前回の飢饉以降、地域住民と「緑のサヘル」が共に考え、行動してきた成果と言えます。

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食べるものが充分になく、がりがりに痩せてお腹が出た子どもたち。この炊き出しによって救われる子どもも多い。
   
◆現在の活動:改良カマドの導入

現地では、煮炊きに薪を使っています。調理には、石を3つ置いただけの簡単なカマドを使います。このカマドは、調理だけではなく、照明や暖房の役割も果たす多機能です。

しかし、隙間が多く熱効率が悪いため、大量の薪を必要とします。 薪集めは女性の仕事とされ、毎日のように出かけています。地域植生の衰退により探すための場所や距離が遠くなり、40度を越える炎天下、何時間もかかる薪集め作業は重労働となっています。

熱効率の良い改良カマド(粘土製、金属製)の導入は、調理に使う薪の消費量を少なくするけではなく、女性の薪集めに要する労力軽減の効果もあります。

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粘土製改良カマドの作製デモンストレーションの様子。使用する鍋の大きさに合わせて、作製するカマドの大きさを決めます。
   
◆現在の活動:井戸の建設

現地では生活用水の確保が困難です。手掘りの井戸の深さは10メートル未満なため水脈まで到達しておらず、安定的な水源にはなっていないためです。

このため、水位の最も低下する乾季には、濁っていたり黒い色をしていたりする水しか汲めないことがあります。このような水を使用すると、下痢や寄生虫に罹患するなど健康上の被害を受けます。

また、素掘り井戸の水位が低下したり、涸れたりすると、頭に壷を載せて歩いたり、ロバに乗ったりして隣村まで数キロ以上も移動し、もらい水に行かなければなりません。

地下深くにある水脈まで達する井戸を建設することは、水不足の解消だけではなく、病気やもらい水に要する労力を軽減することになります。
<写真>
近隣にある10村を対象に建設したコンクリート製井戸。
深さは22メートルあり、水脈に達している。一年を通じて、安定的に衛生的な水を使うことが出来ます。
 

【主な事業U】
1校1林!次世代へつなぐ環境
  現在のブルキナファソでの活動

植栽前の小学校

現地では、だだっ広い空間にぽつんと建つ小学校の姿をよく見かけます。日本のように2階や3階建てではありませんが、セメントを使った立派な建物です。

しかし、地方では電気が届いていないので、教室には扇風機や冷房はもちろん、電灯さえありません。また、教室数が少ないので、複数の学年が同じ教室で同時に学習しています。1教室あたりの生徒数はかなりの人数となり、窮屈そうにしながら書き取りや練習問題に取り組んでいます。


校舎の影にいる生徒たち
校庭には木が生えていないため、乾季なると熱風が吹き渡ります。埃や砂塵を避けるため、教室の窓はいつも、よろい戸が半分下ろされています。時には、薄暗く、暑い教室を出て、校舎の影に集まって青空教室が開かれることもあります。

校庭に木があれば、木陰も出来、熱風を和らげてくれます。学校で過ごす時間の多い子供たちにとっては、学校環境の改善は生活環境の改善と同じ意味を持ちます。


親子で植栽

植栽は、雨季を待って行なわれました。学校によっては、親子の協力によって、苗木が植えられました。

雨季は、現地では穀物栽培が行われる農繁期にあたります。忙しい合間をぬって協力してくれる姿には、子供たちの学習環境を心配している親心と、地域環境の改善に対する熱意が反映されています。


植栽後の小学校
植えられた苗木は、きちんと囲わなければなりません。現地の学校は、建物はレンガで造られた立派なものであっても、敷地全体が塀で囲われていることは稀です。このため、牛や羊などの家畜の群れが、一年を通して校庭を横切っています。

苗木を家畜の食害から守る防護柵の設置は、水やりと同じくらいに大切な管理作業です。


成長した苗木
生徒達の世話がとてもきちんと行なわれたので、苗木は無事に乾季を越すことができました。植えるだけならとても簡単なのですが、1本の苗木を、立派な木にすることは、手間と時間がかかる大変な作業なのです。

これまで15校に対して支援を行ないました。しかし、事業対象地域には42の小学校があります。意欲のある学校を対象に、これからも支援を続けていくつもりです。