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日本民際交流センター とは…

タイ・ラオスの子どもの進学の夢を叶える国際教育里親支援です。皆さんの年1万円で1人の子どもの人生を変えることができます。
日本民際交流センターは、広く奨学金提供者を募り、人間として基本的な教育を受けられるよう世界の貧しい地域の子どもたちに奨学金を提供し、かつ、地域社会の開発協力活動を通し、世界の平和と発展に貢献することを目的としています。

★活動報告 〜ダルニーさん初来日滞在記〜
1987年、代表の秋尾晃正がタイ東北地方で出会い、「ダルニー奨学金」命名のきっかけとなったダルニー・シーラオさんが1月28日から2月9日まで日本に滞在しました。 

 
【主な事業T】

子どもの就学の夢を叶え、将来を開く
「ダルニー奨学金」 〜タイ〜
 

経済的貧困のため就学できないタイ東北地方の子ども達が教育を受けて自立し地域の発展に貢献する人材育成を目指す支援を行っています。

【活動国】    タイ
【支援対象者】 子ども
【支援分野】  教育

 
【主な事業U】

子どもの就学の夢を叶え、将来を開く
「ダルニー奨学金」〜ラオス〜

経済的貧困のため就学できないラオスの子ども達が教育を受けて自立し地域の発展に貢献する人材育成を目指す支援を行っています。

【活動国】    ラオス
【支援対象者】 子ども
【支援分野】  教育

 

【主な事業T】
子どもの就学の夢を叶え、将来を開く「ダルニー奨学金」〜タイ〜
 
  年1万円でタイの子を中学校に
東南アジアのタイ。都市部は物があふれ、街には活気があります。しかし東北部は、日本からは想像もできないくらい貧しい農業地域です。東北部の多くの農民は年収が2万円程度しかなく、生活苦により子どもを働き手として必要とするため、中学校に進学できない子どもたちがまだ大勢います。中学生が1年間中学校に通 うために、授業料、制服、教材費等として最低限必要な額は、年収の約半分に相当するため、中学進学には奨学金が不可欠です。「タイのダルニー奨学金」は、そんなタイの子どもの中学進学を支援します。
 
  寄附金の使い道が明確です
ダルニー奨学金は、「個人」と「個人」が一対一で結び合う、「相手の顔が見える」国際協力です。 皆様からお預かりする1万円は、年間1,500バーツの奨学金として特定の中学生1人に提供され、500バーツをタイ事務局の運営費に充てさせていただいています。 皆様がご支援下さる奨学生の写真付き報告書(ニュース・レター、会計報告および次年度の郵便振替払込用紙を含む)が届きますので、ご自分の寄附金がどの子のために役立っているかがはっきりわかります。 支援する奨学生とは文通もできます。
 
  より貧しい子に確実に提供できます
成績の如何にかかわらず、より貧しい子どもを選考し、提供いただいた資金が確実に奨学生に届き、 かつその生徒の教育のために使われるシステムが確立されております。 現地でしばしば発生しがちな問題への対策が整っておりますので、安心してご協力いただけます。
 

【主な事業U】
子どもの就学の夢を叶え、将来を開く「ダルニー奨学金」〜ラオス〜
 
  年1万円でラオスの子を小学校に
世界最貧国の一つといわれるラオスでは、子どもたちは5年間の小学校教育さえ満足に受けられない状況です。全国平均でも小学校の卒業率はわずか40%程度、奨学金の対象地域の2県では、10〜20%にすぎません。中途退学する主な原因としては、貧困、あるいは家の農作業を手伝う、家計を助けるために学校を辞めて働く、早婚や弟・妹の世話をするためなどです。その地域で最も必要性の高い教育を支援するという方針から、「ラオスのダルニー奨学金」は小学校3年生から5年生までの3年間を支援します。
 
  寄附金の使い道が明確です
ダルニー奨学金は、「個人」と「個人」が一対一で結び合う、「相手の顔が見える」国際協力です。皆様からお預かりする1万円は、年間1,500バーツ相当(ラオス通 貨キップは為替変動が激しいためタイ通貨バーツを基準に採用)の奨学金となります。子どもたちが教育を受けられるようにするために不可欠な支援として、奨学金の9割が生徒用の教材、残りの1割は学校用備品・教材や担任教師の特別 クラス指導費にあてられます。(為替差益が発生する場合は、教師の質を向上させるための研修費等の教育支援にあてられます。)皆様がご支援下さる奨学生の写 真付き報告書(ニュース・レター、会計報告および次年度の郵便振込用紙を含む)が届きますので、ご自分の寄付金がどの子のために役立っているかがはっきりわかります。
 
  より貧しい子に確実に提供できます
成績の如何にかかわらず、より貧しい子どもを選考し、提供いただいた資金が確実に奨学生の教育のために使われるシステムが確立されております。 より貧しい生徒を確実に支援するため、対象地域全住民に情報を開示し、住民参加の形で事業を実施しており、奨学生の第一次選考は誰がより貧しいか最もよくわかる村人たち自身の手で行われています。さらに奨学生は県当局により設立された県・郡・村の各選考委員会を通 して、貧しい家庭の子どもを優先し1人1人慎重に選ばれます。またラオス事務局では、選考が規定に基づいて厳密に行われたかのチェックも行っています。
 

★最新活動報告
1987年、代表の秋尾晃正がタイ東北地方で出会い、「ダルニー奨学金」命名のきっかけとなったダルニー・シーラオさんが1月28日から2月9日まで日本に滞在しました。ドナーの皆様に支援のお礼とタイ東北地方の子ども達の状況を説明し、さらに支援継続のお願いをしました。なおダルニーさんは2003年8月からタイ事務所に勤務しています。
 

事務局ではがきの仕分けをするダルニーさん出張でタイ事務局のダルニーさんと会ってきた民際センターのスタッフらが皆、口をそろえていう言葉は、「ダルニーはかなり内気みたいだよ」ということ。この話を聞きちょっと心配になった民際センターの広報担当は、ダルニー来日の際に受けるであろう取材やスピーチのQ&Aで彼女が聞かれそうな想定質問を作成して、彼女に送り、スピーチ原稿とともに回答を送ってもらった。(これも、日本語⇔タイ語と翻訳の方の手助けが必須のかなり時間がかかる作業だった。ふう〜〜。)

ところが、送られてきたダルニーさんの回答を読んでびっくり。考え方がとてもしっかりしているのである。

例えば・・・
<スケジュール>
1月28日(水)成田着
1月29日(木)事務所で打ち合わせ
1月30日(金)支援団体訪問、新聞取材
2月 2日(月)支援校訪問
2月 3日(火)支援団体訪問
2月 4日(水)新聞取材
2月 5日(木)新聞取材、報告会
2月 6日(金)支援校訪問、新聞取材
2月 9日(月)帰国

 

 

広報担当: タイ国内での経済格差について。バンコク首都圏と東北地方の差は10分の1以下で、貧しい農民との差はますます広がっていますが、この状況をどう思いますか? 同じ国内でこれほどの差は不公平だと思いますか? どうすれば、改善されていくと思いますか?
ダルニー: しょうがないことだと思います。バンコクは産業の中心地で、一方東北地方は農村部です。そのため、差があるのです。ただ、政府がもっと東北地方を援助するべきです。行政レベルで東北地方の教育機会拡大政策をもっと推進し、小学校の併設中学校化を進めるべきです。そうすれば、子ども達が村外に進学するより教育費用等の負担も軽くなり、教育を受ける機会が拡大されます。
広報担当: 将来の夢は?
ダルニー: いつか故郷の村に戻り、村の発展のために働きたいです。村長に立候補したいと考えたこともあります。もう一つは親に虐待される子ども達のためボランティアもしたいです。とにかくどんな仕事でも良いので、村の発展に少しでも役に立てる人材になっていたいです。
 

こんな受け答えができるなら、取材や大勢の人の前で話しても大丈夫、とスタッフも安堵。 さて、ダルニーさんが来日して、実際に取材を受ける段になると、今度は民際スタッフがしばしばうならされた。例えば、某新聞社での取材ではこんな具合に答えている。
広報担当: 現在のタイ東北地方の子どもたちの様子について。
ダルニー: 2月5日の事務局での報告会仕事で調査のためにタイ東北地方に入ると、学校に行けない子どもがまだたくさんいます。家を訪ねると出稼ぎのために親がいなかったり、身寄りのない子どももいます。取り残された子どもは、教育を受けていないため善悪の判断がつかず、麻薬に手を染めたり、少しのお金のために窃盗を行い、人生を棒に振ってしまうこともあります。奨学金がなければ、家族の愛を知らず、人生を自ら選択することもできません。政府も支援の手を差し伸べていますが、どうしても成績優秀者が優先されます。しかし、貧しくて成績が良くなくても、勉強をしたい子どもはたくさんいます。また、どんな子どもにも将来を夢見る権利があります。私たち大人はこういった子どもを支援する責任があります。子ども達を成績で切り捨てない、この奨学金の仕事に携われることを心から嬉しく思っています。
また、別の取材では、「卒業後、なぜデパートで販売の仕事に就いたのですか?」と聞かれてこう答えている。 「販売って頭脳プレーみたいなものでしょう。商品の知識、説明の仕方、情熱的な売り込み方、これらをうまく連携させて販売するかどうかで結果が違ってきます。こうした社会経験を積めば、その後の仕事にもきっと役立つと思ったのです。だから、高校卒業後の上級専門課程で2年間、マーケティングの勉強をしたのです」

「貧しくて成績の良くない子どもも勉強したい」「彼らも夢を見る権利がある」―取材中、こんな言葉がポンポン口から出てきた。また、デパートで販売の仕事についた理由から、学校を卒業したばかりなのに、将来を見据えて積極的に経験を積もうとするダルニーさんの姿勢が伝わってくる。

<ダルニーさんの履歴>
1979年11月、ウドーンターニー県サーンコーム郡タリンチャン村に生まれる
1986年5月、 同県同郡同村の小学校に入学
1987年春、 秋尾で出会う(当時7歳)
1992年5月、同県バーンラオドーングン中学校に入学
1995年、同県県立職業高等学校に入学
1998年、同県県立職業専門学校に入学
2000年、同校上級専門課程修了
2000年〜2002年、ICCインターナショナル社のデパートで洋服売場販売担当。
2002年〜2003年、「BIG C」デパートのサムットプラカーン県支店のギブトショップで販売担当
2003年8月〜 タイ事務局・広報部勤務

 

2月5日の事務局での報告会取材や支援者の訪問を重ねているうちに、ダルニーさんを見るスタッフの目が変わっていった。そして、彼女は実は内気ではなく、むしろ雄弁で行動的な女性だ、ということが分かってきた。2月5日の事務所での報告会で、それを裏付けるエピソードを語ってくれた。

彼女は中学校を卒業後、ウドーンターニー県立職業高等学校に進学し、さらにその上級の専門課程に進んで計5年間学校で学んだあと、デパートに就職。そして2003年の8月からタイ事務所(EDF)で働き始めたが、職業高等学校後の上級専門課程に進級する際、「上級学校に進学したかったのに、その奨学金推薦枠に漏れてしまいました。ここでもし上級学校に進学できなかったら、もう2度と勉強する機会がないと思い、担当の先生のところに行って推薦枠に入れてもらえるように泣いて訴えました。それが功を奏して、推薦枠に入れてもらえたのです。同じクラスの中で私より成績の良い人が、『あなたが受かって、どうして私は漏れたのかしら』というので、『私は先生に泣いて訴えた。だから受かったのよ』と言ったら、彼女は納得してくれました!」。

1992年に秋尾から奨学金をもらうダルニーさんもう1つ、彼女の性格を物語るのエピソードがある。87年にダルニーさんの出身県の村に初めて外国人(つまり、秋尾晃正)が訪れた際、当時7歳だったダルニーさんはすっと秋尾の膝の上に乗ってきた。そして「勉強を続けたいかい?」という秋尾の問いかけに「はい、勉強したいです」と答えている。上記の報告会で、当時のダルニーさんの気持ちについて以下のように説明している。「秋尾さんに『勉強を続けたいかい』とたずねられた後、勉強して自分の将来を自分の力で切り拓きたいという気持ちがだんだん固まってきました」「高校時代、一番熱心にやったことは勉強。農村の子どもにとって勉強することはとても貴重な機会だったので、私は出来の良い生徒ではなかったけれど、自分なりに全力を尽くしました」

今回のダルニーさん来日の目的は3つ、即ち、支援のお礼、タイの子ども達の状況の説明、そして支援継続のお願い。ある取材で答えた以下のダルニーさんの言葉に、その3つが要約されている。

 
広報担当: 日本の奨学金支援者の方々へのメッセージを
ダルニー: 「ありがとうございます」の一言に尽きます。しかし、まだまだ「学校に行きたいけれど、私はどうして行けないの?」という子ども達が大勢います。全員を学校に行かせてあげたいのですが、奨学金の人数には限りがあり、返答に困って涙が出てくることがあります。自分の国のことは自分たちで担っていけるまでは、今後も日本の皆さんをはじめ、多くの国々からご協力をお願いしなければなりません」
是非、一口でも多く皆様のご支援をお願いします!